2011年2月12日土曜日

関ヶ原~彦根~敦賀 其の一【関ヶ原】

17:13 Posted by たか No comments
2011.2.12-13
 忍城、小田原城、石垣山一夜城(小田原関係は、しばしお待ちを!)に引き続き、のぼうの城絡み?
関ヶ原~米原~彦根~佐和山~敦賀を一泊二日で回って参りましたw

今回は、GPSをフル活用したろー!と、GPS搭載TZ-10とiPhone(バッテリー持参※)を握りしめ…

えーと、
カメラとかのGPSは、まだまだの模様です。

まあ解りきっていた事ですが←
上手くいっているところもありましたけどw

ということで、ちょい活用してみました。
グーグルマイマップ…



より大きな地図で 城攻め状況 を表示


そんなこんなで、まずは関ヶ原から!




今回は、関ヶ原~米原までは、忍城ご一緒したHさんと…

東京始発の一本後の新幹線に乗り込み一路名古屋へ。

曇っていて、富士山は見えず。というか、朝早かったので、うつらつらー

名古屋で在来線に乗り換えて、関ヶ原へ。

岐阜の辺りから、電車の中から見る風景が…山が…近い…。






関ヶ原で噂の看板に!!テンション高く撮影!!





駅員さんに地図を頂き、とりあえず資料館へ!

ぐるりと資料を見た後、レンタルサイクルと関ヶ原せんべいをゲットして、いざ出陣!!!



自転車のサドルの高さが合いませぬ…(何度か調整しても、高さは合うけど後ろに傾いていたりと非常に乗り難く…2インチの差って大きいな…)






緩やかな坂道を、ひーこら自転車を漕ぎながら、まずは関ヶ原合戦決戦の地へ

周囲何もない…





更にひーこら言いながら、笹尾山の石田三成の陣跡へ…






白い…なんか、舞っている…






馬防柵がガッツリ。そして、なかなかの坂道(雪がなければもう少し楽なはず…)

「丸墓山とどっちがあれかな~」

「こっちでしょうー」





笹尾山から関ヶ原全体を望む…(中央辺りが先ほどの決戦の地だった記憶)





天満山方面(あれ?大谷吉継の陣って見えなくないですか?小説とかでは見えている様な…木か…木のせいだな)





ここで、ぱりぱりと関ヶ原せんべいを頂く。
ほんのりあまじょっぱくて美味しかったです。




雪も溶けかけていたりするので、下りの方が厳しいです。

そうそう、一息ついていたら、若いお嬢さん達がわっさりやってきまして、横目に見ながら下りたら…

噂の戦国BASARAバス!!!




のぼう繋がりで来たからには、次に行くのは大谷吉継の陣!(むしろ本命)

しかし、貰った地図を見ると、最短ルートは「徒歩」って書いてあるので、一度中山道に出るルートを選びました。




確か、開戦地


行きの登りが嘘の様に、下りの続く道のり…(途中雪でえっちらおっちらしましたが)



ここを曲がると!!いよいよ!





平塚為広の碑(こんもり積もった雪を踏み分けて…)

関ヶ原の合戦で、大谷軍に属していた垂井に所領を持つ武将。大谷軍の実質の指揮官だったとも言われ、小早川、脇坂らの背反により、奮闘するも討たれる。


実際、行ってみると関ヶ原は狭いです。

小早川軍だけか!と思ったら…ううん、総崩れ起こしそうな距離(自転車で10分くらい)


さて、大谷吉継公のお墓と陣跡に!

駅で貰った地図によると、登り口は平塚さんの碑よりも中山道よりとなっています。

あるんだけど、途中で道がないよね…。

仕方がないので、ちょうどいい自転車の置けるスペースに自転車を置いて、伊吹山方面へ…
地図が間違えています。




ちなみに、ここの案内ですと「大谷吉継の墓 10分」となっています





なんか5分増えています。(残り三丁)



残り三十間(55m?)




到着…15分では無理でしたw

紺に白丸餅の旗印がお出迎え。




右が、大谷吉継公、左が湯浅五助の墓

普段は、訪れる方も多くて、お供えの花もキレイらしいのですが。さすがにこの時期は訪れる方も殆ど居ないらしく、寂しい雰囲気。お花をどこかで…と思ったのですが、お店がなかった…とほほ。

なんだか、ここまできちゃったなぁ・・・という気分に。



あと、ちょっと奥に行ったところにあった碑。




さて、道を戻りつつ、陣跡へ…

途中、ぐぐっと堀切の様に下がっている場所があったり、ほてほてと微妙な雪道を突き進む…


今度は、紺地に違い鷹の羽の家紋の旗印が。




この頃には、太陽も出てきて陣跡の碑にいい感じの光が…。


こちらが多分、松尾山方面…

何も見えません。下の方には八幡神社があるのですが…結構急な道を行かねばならぬ状態。

また元来た道を戻って、降ります… また来よう…。

そして、自転車きこきこしながら、歴史資料館へ自転車を戻しに。


なんか保存されていましたw懐かしい!葵 徳川三代!


選んだ道が悪かったのか、本当にないのか解りませんが、お店が殆どありませんでしたw

ご飯ーご飯ーwとなりつつ、きこきこ。関ヶ原せんべい旨かった…。


本当は、敦賀に行く予定だったのですが、乗り換えを調べたら、Hさんが時間的に無理な事が判明したので、米原の大谷吉継公の首塚に…

米原ですが、駅前以外はのんびりとした田舎の風景。訪れた方の情報がなければ見つからなかった気がするほど、人様の畑の中です…。

ごめんなさいーとお邪魔して、首塚に到着。




訪れる人が増えたのか、看板が。



首塚。

中には、今日生けた様な菊の花が。地元の方にちゃんとお祭りされているなぁ。

道からちょっと入った所だったので、本当にここに埋めたとしたら、もしかしたら当時は林みたいになっていたのかなとか思ってみたり。

なんとなく、ほのぼのっとして、米原駅に戻り、世界堂?で、すき焼きオムライスという「オムライスにすき焼きの肉が添えてある」というモノをいただきました。

ちとしょっぱかったけど、ぜーはーと汗をかきつつ歩いた人にはちょうど良かった気もします…。

そして、新幹線に乗って帰らねばならぬHさんとはお別れ(数日後に又会いましたけどw)私は、四分ほど電車に乗って、本日の宿(オムライス突きながら予約した)のある彦根に…

(彦根篇に続く…)

※2012年5月現在 どうやら、その後行った方の写真等を拝見すると、米原の首塚はかなり整備されている様です。ちゃんと柵ができていたり、案内板が増えていたり…。


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