2011年2月12日土曜日

関ヶ原~彦根~敦賀 其の二【彦根城】

18:00 Posted by たか No comments
よいせー!と米原から彦根へ。

駅に到着の時点で私の記憶が正しければ、16時半は過ぎていた…。



とりあえず、観光案内の所で彦根城はどこかいなと確認

17時までらしいと書いてあったので、じゃあまあ明日の下見に行くかーとぽてぽてと行きました。





駅から彦根城までは、10分~15分程度という事なので、まあ間にあわないね。でも明日は佐和山城に登るし、行ける所はしっかり見ておこうじゃないの!とワシワシ歩く私。



しかし、駅からぐねぐねと曲がる曲がる。敵の侵入を防ぎまくりな曲がりっぷり…


空堀?



いろは松。ぐるっとお堀が続きます。



佐和口多聞櫓


お邪魔します!




馬屋が無料特別公開中とのことで、お邪魔しました。広いです!


L字型の建物です。



どうやって馬を止めたのかとか、ちゃんと足元に糞尿を回収?する桶があったりとか。




琵琶湖八景なんですねぇ~。内堀もぐるーりと。



登り石垣…見つけられませんでした。


お堀を渡り、写真右側から入ってきました。門があったんじゃないかな。と思われる様な石垣…。(表門かな)

右手奥の建物が博物館、左手の建物が券売所…。あああ…ここから先は有料ですかぁぁ~



この時点で、時計は16時も残す所数分でしたが、係の人の「17時半で終了です~」の声に

の、のぼってやる~!!!

と登城する私でした。(おばかさん)



「博物館と玄宮園は入れませんよ。」と言われつつも、チケットを購入。




登り登り



まがりまがり



天秤櫓!

長浜城の大手門を移築したものとのこと


右の櫓の石積みは築城当初の「牛蒡(ごぼう)積み」



左の櫓の石積みは幕末に積み替えた切石の「落し積み」


天秤櫓をくぐって先に。


登るし、曲がるし。


どーん。本丸の石垣。

何故か、ここの石垣を真剣に撮影している人がいました。


太鼓門櫓の手前の鐘


鐘を右に曲がると太鼓門櫓

 

太鼓門櫓は、築城時に別の城の城門を縮小移築されたものという事です。

くぐると広い…元はどれだけ大きい城門だったのやら

もう何回くらい曲がったのか覚えていないけど、また曲がって…天守!

現存12天守の一つです。

 
まだ明るいうちに。


天守に入る前に、琵琶湖を…


撮影禁止の案内がなかったので、何枚か撮影したのですが、何せ暗い…(日没間際)ぶれるー。

大津城からの移築と言われているそうで、とにかく、階段が急!暗いし急だし寒いし人は殆どいないしw(この日最後に天守をでた見物客と思われ)

 

狭間

説明によれば、彦根城の狭間は外から見えない隠し狭間だとか。

 
中は余り広くはありません。

三階部分から、ぐるっとな。



太鼓門櫓の辺りから、西の丸方面までぐるぐるーっと

本当に 琵琶湖のほとりなんだなぁ!と、沈む日にぼんやりと。


左手のこんもりした山が佐和山

高欄があるのがわかるかと思うのですが、これは飾りなんでしょうねぇ…



琵琶湖側の、木が茂っている所が西の丸になります。

関ヶ原の戦いの後、この地に封された井伊家が築城。

最初は石田三成の居城の佐和山城に入ったのち、井伊直勝が徳川家康の命を受けて彦根城を作ったそうです。

関ヶ原にも近く、西国にも近いこのあたりは、守りの要だったんでしょう。歩いてみると、何度も曲がります真っ直ぐ進みません。天秤櫓の下は大堀切になっているので、天秤櫓の手前の橋が落ちていたら、櫓の石垣を登らないと本丸まで行き着かない・・・


しみじみしていたら、誰もいなくなりました(汗)

しかし、ここの階段は、急とかいうレベルではなかった。ぜひ体験してくださいw






西の丸です。広いです。


出曲輪に降りる所は通行禁止に。残念


西の丸から、天守


黒門側に降ります


降りていくと、奥側に井戸曲輪



曲がって降りて曲がって降りて…


途中、門らしき場所も


奥の白い看板のある場所が、黒門(暗くて見えない…)


黒門を出て、長い長い堀が続きます

堀をずーーーーっと行くと、玄宮園や楽々園などの庭園もありますが、時間終わりで入れず。

井伊大老の銅像などもありましたが、既に暗くて…

旧西郷屋敷長屋門を通り過ぎ(辺りは真っ暗…)



外堀にたどり着きました!

すでに日もとっぷりと暮れ、駅前の案内地図とiPhoneのGPSを頼りに再び駅前に戻る私でした…。さぶっ!

(ホテルにたどり着くのも迷いました…)





地図。

より大きな地図で 城攻め状況 を表示

0 コメント:

コメントを投稿